2019年5月16日 (木)

道後の旅

 愛媛県松山市の道後温泉に行ってきました。路面電車の道後温泉駅に着きました。

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 ホームにいたのは、新型の車両でした。駅からさほど離れていないところに、道後温泉の本館がありました。

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 手前には、すだれをかけた人力車が数台並んでいました。

それから、ちょっと離れた場所にある石手寺に向かいました。

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 ここの線香立ての灰の量に驚きました。また三重塔はリリシイ感じでした。

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 そこから次の太山寺までの途中にある鴨川橋のたもとには、中務茂兵衛の添え句標石がありました。

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刻印 世の中尓 神も佛も 奈きもの越 まれ尓志ん寿る 人 楚阿連

読み 世の中に 神も仏も 無きものを まれに信ずる 人にぞあれ

 松山城にロープウェイで登ってみました。

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 今日は石崖の草取りの日でした。

帰途、伊予西条と今治の堺にある世田薬師に寄り道をしました。

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 ここにも、中務茂兵衛の添え句標石がありました。

刻印 迷ふ身を 教へて通寸 法の道

読み 迷う身を 教えて通す 法の道

 

 

2019年5月 8日 (水)

世羅のふじ

 世羅のふじ園に行ってきました。今日は薄曇りで光が少し弱っていて、優しく写りました。

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 ふじの花の背景を、ちょっと霞んだ春の空にしてみました。

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 花が密集しているふじ園で、房と房が適当に空いて重ならない配置になっているところを探してまわりました。

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 世羅も大三島も今年のふじは、房が小ぶりで花の色も薄く感じました。去年の猛暑で木が弱ったのでしょうか。

2019年5月 3日 (金)

庭の花々

 我が家の庭にも、花が咲きました。背の高いものから写してみました。

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 つつじです。漢字は読めるけど書けそうに無いので省略します。

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 シラン(紫蘭)です。

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 スズラン(鈴蘭)です。

 今までは50mmマクロを使っていましたが、今日は100mmレンズで撮ってみました。最短撮影距離の90cmから100cmぐらいの距離で、マクロの様に拡大せずに撮ってみました。ライブビューの10倍拡大表示でピントを合わせたはずでしたが、・・・どれも少しピントが外れてしまいました。ピントを合わせる対象個所が小さくて色が薄いので、10倍拡大表示でもピントの山が不明瞭でした。言い訳を列挙しておきます。

  花   ピントを合わせた所     ピントが外れた理由

 つつじ 左下よりの花のめしべの先端 めしべが小さく色が淡かったのでよく見えなかった

 シラン 中央よりの花の舌状花弁の舌先上面のヒダヒダ ちゃんと合わせたはずでしたが?

 スズラン 中央の白い花 花が真っ白なので、ピントが合ったかどうかよく分からなかった

次回は100mmレンズをヤメテ、従来の50mmマクロレンズを使って、もっと近づいてもう少し拡大して写そうと思います。そうすれば、ピントを合わせる点がもう少し大きく写るので、ピント合わせが格段に楽になると思います。

2019年5月 1日 (水)

大三島の藤 2

 今週も大三島に出かけました。

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 連日少し肌寒い気温だからでしょうか?花が小ぶりで、色も薄い気がします。

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 昨年の様にもう少し花に近づいて、花を大きく写した方が、より雰囲気が出たのかもしれません。

2019年4月24日 (水)

大三島の藤

 今日は、大三島のフジを訪ねてみました。しまなみ海道で大三島に着くと、雨がちらほら降ってきました。まずは、道の駅御島「ミシマ」で小休止をして、やり過ごしました。雨が止んで、道の駅のすぐ北側にある藤公園で数枚写真を撮ると、また雨が降ってきて休憩です。しばらく待っていたら何とか止みました。

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 フジの紫色の花は、2分咲きぐらいの咲き始めでした。花が開いていて、背景に緑の木があるところを探して歩きました。白い花が一カ所だけあり、散り始めでした。

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 このまわりで、三脚をチョコチョコ移動させて、白い花、紫の花、背景の山の緑をいろんな配置で撮ってみました。

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2019年4月19日 (金)

閑谷学校

 岡山県の旧閑谷学校へ行ってきました。閑谷は「シズタニ」と読みます。岡山藩が作った藩の学校です。岡山城の近くの都会ではなく、うんとへき地の山の中にありました。生徒を山の奥の寄宿舎に隔離して、勉学だけさせたのでしょうか。講堂は国宝でした。

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 講堂の中は広く、一クラス40人は優に収容できそうでした。

また、講堂や寄宿舎などを含めた施設の外側は石塀で囲われていました。

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 石の塀は、身長168センチの自分の目の高さぐらいありました。世の中の外乱から学生を守るためではなく、学生が逃げ出せないようにしていた感じでした。逆の発想の万里の長城だと思いました。学校が閉鎖になった今では、別の効果がある様でした。受付の方に尋ねると、猪は入れないとか。しかし、鹿は入るそうです。

 

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